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サーチナニュース 2011/10/05(水) 15:33
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=1005&f=column_1005_012.shtml
王曙光の中国産業論(9)
中国政府が高速鉄道建設をやめられないもう一つの「ワケ」
京滬線開通後のトラブル頻発と温州近郊での「動車追突事故」で大きなダメージを受けた中国の高速鉄道事業。
走行速度の減速と一部高速車両のリコールなどで、非難の嵐がひとまずピークを過ぎたかに見えたところ、上海地下鉄の人的ミスによる追突事故で、システム管理と安全教育上の欠陥が再び露呈した。
急ピッチで建設された中国鉄道の各路線で、運営の安定化を取り戻すには、やはり相当の時間がかかり、数々の難関を越えなければならない。
それでも、中国の高速鉄道建設は止まらない。
多少の計画修正や開通予定の延期があったものの、大陸縦断高速鉄道の主幹線を成す北京武漢線(全長1200キロ)とハルビン大連線(全長900キロ)は、いずれも年内に試運転、2012年内の開通を予定している。
筆者は中国国内関連会議の席上で、高速鉄道建設の最新動向を示す鉄道部の「発展指針」の存在を知った。
「保在建(建設中の路線を確実に完成させる)、
上必須(必要性の高い路線を新規建設する)、
重配套(路線と運行システムの完成度向上を重んじる)」
という九文字となるが、中国政府の姿勢を如実に反映させた当面の高速鉄道建設の大原則なのである。
大きな挫折を喫した中国の高速鉄道事業。
目下国内世論の厳しさが増すなか、新規建設立案の中止、建設予算の削減、債務負担の膨張など、懸念が広がるばかり。
にもかかわらず、鉄道部は全国高速鉄道網建設の目標を決して下げようとしない。
なぜ、四面楚歌の鉄道部がこんなにも強気でいられるのだろうか。
筆者の答えはこうだ。
中国の高速鉄道建設は、国家の最高戦略に直結する重要な国家事業だからである。
すなわち、鉄道の高速化は鉄道部が決定したものではなく、
最高指導部が国益をかけて決断した「国策」なのである。
全国の鉄道高速化は、中国のエネルギー安全保障戦略にとってきわめて重要な一環である。
周知の通り、急速な国内消費増に伴う資源関連輸入の増加は、国民経済にとっての不安定要素だけではなく、エネルギー安全保障上の「弱点」でもある。
すでに石油の輸入依存度が55%を超えた中国は、
近年石油輸入相手国の多角化を図り、
海外での開発権益を巡る争奪戦に膨大な投資を注ぎ入れざるを得ない。
石油資源確保のためならば、国際的な非難を浴びても海外進出を拡大させなければならないのが、いまの中国である。
一方、国内では、中国政府は近年、エネルギー構造の多様化政策を強力に推進し、省エネ技術や新エネルギーの開発に積極的に取り組んでいるほか、
石炭、水力さらに原子力などの総合利用によるエネルギー構造への転換を加速させている。
なかでも、世界最大の産出量を誇る石炭と世界有数の水力資源の有効利用は、石油の海外依存度を下げるもっとも有効な手段とされている。
そのため、中国政府は高速鉄道網の建設計画を策定するにあたり、石炭を原料とする火力発電所や水力発電所、原発などの新規建設プロジェクトとの間、十分な関連性を持たせている。
日本の新幹線や欧州の高速鉄道で実証されたように、高速鉄道は飛行機や自動車に比べエネルギー効率が高く、環境適合性にも優れている。
石油資源不足に苦しむ中国から見れば、高速鉄道は実に都合のよい大量高速輸送システムである。
なぜなら、高速鉄道の動力源である電気は、石炭や水力など輸入資源以外のエネルギー源から生み出されるのだから、これらの資源が豊富な中国にとって、
高速鉄道には極めて高い「石油代替効果」が期待されているのである。
実際に開通した高速鉄道の各区間では、電化された高速鉄道車両の増加がディーゼル車の淘汰を加速させ、高速鉄道利用者の増加も高速道路通行量の減少と航空機利用者の減少につながっている。
その結果、電力使用量が増加し、自動車と航空機燃料の消費が減少している。
中国の電源構成を見ると、
火力が約80%、水力が約16%、原子力が約2%
(2010年現在・国家発展改革委員会公表)となり、高速鉄道の発展で増加した電力消費のほとんどが比較的に調達しやすい国内資源で賄えることがわかる。
これにより、石油輸入にかかる「重荷」が相当軽減されているはずである。
いうまでもなく、中国では今後、モータリゼーションに伴う交通量の急増は必然的に石油・石油製品の需要増をもたらす。
そのため、石油輸入量がさらに増えるだろう。
中国政府にとって、石油消費型の自動車や飛行機から電気を動力源とする高速旅客輸送へと、旅客をシフトさせる政策を今後も推進しなければならない。
実際にも、これまで在来線の電化と高速鉄道専用線建設により、ディーゼル車に比べ、電気駆動車両の比重が急速に上がる効果は、すでに出ている。
日本と欧州から導入された高速鉄道の省エネ技術は優れている。
これをベースに国内開発を進めている中国メーカーは、技術提携パートナーである日欧系企業などとともに、当局に対して高速鉄道の石油代替効果を懸命にアピールしている。
実際に、これまで出席した中国国内の関連会議で、筆者は鉄道関連企業のトップが行政関係者を相手に
「高速鉄道のエネルギー消耗は航空機のわずか12分の1!
国はもっと高速鉄道事業を重視すべきだ!」
と力説する姿を目撃している。
このように、高速鉄道へのシフトによる自動車と航空機燃料の消費減は、中国エネルギー安全保障上の切実な課題でもある石油輸入圧力の軽減につながり、エネルギー資源の有効利用という国家戦略に合致している。
筆者は産業経済研究者の視点から、中国で高速鉄道が戦略的振興産業と位置づけられる理由の一つに、
エネルギー構造の多様化という国家戦略がある
と分析している。
これが実は、中国政府が今後も高速鉄道の建設をやめられないもう一つの「ワケ」なのである。
(執筆者:王曙光 拓殖大学教授)
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